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日本中で今も愛されて続けている僧侶、良寛さん。
川幡さんがその魅力を掘り下げる前に、 その生涯を大まかに見てみましょう! |
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12月 越後出雲崎(現在の新潟県三島郡出雲崎町)の名主、 山本以南の長男として生まれる。幼名は栄蔵。 |
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元服し、山本新左衛門文孝(泰孝)と名のる。 |
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5月 名主見習となる。 7月 が、尼瀬の光照寺の和尚に相談、出家する。 |
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5月 光照寺を訪れた玉島の国仙和尚の徳を慕い円通寺へ。 良寛と名のる。 |
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母秀子、病没。49才。 |
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父以南隠居。弟由之庄屋となる。 |
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師の国仙和尚が示寂(じじゃく=名僧の死)後、円通寺を出て、 諸国行脚の旅に出る。 |
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7月25日 父以南、京都桂川に投身自殺。60才。 父の法要に参じ、各地を遊歴する。 |
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越後に帰る。 |
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国上寺中腹の五合庵に入る。以来約20年にわたって住む。 |
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11月、弟由之、家財取上げ、所払いの処分を受ける。 |
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冬、五合庵を去り、国上山麓の乙子神社境内の草庵に移る。 |
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8月24日、友人解良、病没。55才。東国の旅に出る。 |
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江戸から鶴岡、米沢、会津をめぐる。 貞心尼(俗名、奥村マス)剃髪。貞心尼はこの時まだ23才! |
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乙子神社境内の草庵を出て、島村、木村家邸内の草庵に移る。 |
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秋、島村の草庵に来訪した貞心尼と初会。 |
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7月、老衰し痢病にかかる。12月25日、由之、貞心尼、看病に来る。 |
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1月6日、午後4時、良寛示寂。74歳。 |
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3月 和島村島崎の隆泉寺に良寛禅師の墓が建つ。 |