晩年、良寛さまは長年暮らした国上山の五合庵を離れ、しばしば交際にあった島崎の木村家(木村元右衛門の家)の裏屋に引っ越します。そんな良寛さま70歳の時、運命的な出会いがあったのデス…。福島の閻魔堂の庵主をする尼さまだった貞心尼(当時30歳!)は良寛さまの詩や噂をあちらこちらで聞き、良寛さまに憧れをつのらせ、意を決して良寛さまに会いに行きます。
女性一人で長岡から信濃川を渡しで越え、塩入峠という難所を越えて、やっと木村家にたどりつきましたが、残念な事に良寛さまは留守!彼女はお土産の手づくりの手毬に手紙を添え、机に置いて帰っていきました。
その手紙は
これぞこの 仏の道に あそびつつ      
       つくやつきせぬ みのりなるらむ
という詩が書かれていました。それから間も無く、良寛さまからの返歌が届きます。
つきてみよ       
 ひふみよいむなや
       ここのとお
 とおとおさめて    
    またはじまるを
これが良寛さまと貞心尼さまの交流の始まりでした!
そして再び塩入峠を越えた貞心尼は願いが叶ってついに良寛さまと会うことが出来たのでした。
君にかく あひ見ることの うれしさも     
 まださめやらぬ 夢かとぞ思ふ
                   
貞心尼
この詩から貞心尼さまがどれだけうれしかったかがわかりますよネ!
そのお返しの歌が
ゆめの世に かつまどろみて 夢をまた     
  かたるも 夢も それがまにまに
                    
良寛
良寛さまも嬉しかったのでしょうネ♪
この後、二人は多くの贈答歌のやりとりをしています。良寛さまが貞心尼さまの訪問を心待ちにして、こんな詩も詠んでいます。この歌の中の「道」は「塩入峠」。冬の間は雪が積もり、女性が越えるのは困難!
君やわする 道やかくるる このごろは     
 待てど 暮らせど おとづれのなき
                    
良寛
また貞心尼さまがこういう詩↓を詠めば、
さめぬれば 闇も光もなかりけり        
    夢路をてらす ありあけの月
                   
貞心尼
天が下にみつる玉より   
 黄金より     
 春のはじめの君がおとづれ
            
良寛
と、天の下の満ちる玉よりも、黄金よりも、あなたの訪れが嬉しい。という歌を詠んでいます!
そしてワタクシが個人的にスキなのは貞心尼のこの歌♪
山がらす 里にいいかば   
     小烏(こがらす)も
 いざなひて行け 羽よわくとも
            
貞心尼
(黒い衣の良寛さまがカラスなら私も(黒い衣なので)小烏です。羽は弱いけど、連れてって下さい!なんとも可愛らしいこの歌に対し、良寛さまは
いざなひて ゆかばゆかめど ひとの見て     
 あやしめ見らば いかにしてまし
                       
良寛
(一緒にいると、僧といえども人が何か言いますよ)と返す。そこですかさず貞心尼は
とびはとび 雀は雀 鷺は鷺             
      烏は烏 なにかあやしき
                       
貞心尼
(トビはトビ、スズメはスズメ、サギはサギ。カラスはカラスでしょ? 何があやしいものですか!)と返しているのです。本当に貞心尼さんも良寛さまを心から慕っていたのです。
こんな情熱的な詩もあります。
いかにせむ まなびの道も恋ぐさの         
 しげりていまは ふみ見るもうし
                       
貞心尼
(恋をしている私はせつなくて、本を読む気もしません)!
いかんせん うしにあせすと おもひしも      
     恋もおもにを 今ハつみけり
                       
良寛
(私も恋の重荷にうちひしがれ苦しんでいます)!!! ラブラブだわ〜♪
二人の交流がはじまって3年。しかしそれは永遠に続くものではありません。その冬良寛さまは病に倒れてしまいました。
あづさゆみ 春になりなば 草の庵を        
    とく出てきませ 会ひたきものを
                       
良寛
この詩を受け取った貞心尼は良寛さまのもとへと、雪をものともせず、必死に塩入峠を越えて行ったのです!「お師匠さま!」と貞心は扉を開けると、良寛さまは寝床の上にスッとした風情で坐り
いついつと 待ちにし人は来りけり
 今はあひ見て なにか思はむ
              
良寛
(いつかいつかと待っていた人がやってきた。もう思い残すことは無い)と詠んだといいます。この時、良寛さまは末期の大腸ガンだったといわれています。
やっと会えた好きな女性の前では、最後の力を振り絞ってシャンとした姿を見せようと思われたのではないでしょうか。そして貞心尼に見取られながら良寛さまは74歳の生涯を閉じられたのでした。良寛さまの死後、貞心尼は出会ってから3年間の良寛さまとの贈答歌のやりとりを一冊の本にまとめました。その「蓮の露(はちすのつゆ)」という本は現在柏崎の図書館に保管されています。
100Pにまとめられたその本には151首もの唱和の詩(お互いに詠む贈答歌)が! プラトニックだったとか、そうではなかったとか、恋愛ではなく師弟の愛だったとか、色々な説のあるこのお二人の交流。しかしすごく純粋な、あたたかい詩の数々を読んでいると、そんなことどうでもよくなってきちゃう。
短い日本語の言葉が目を通して脳を通るだけで、深く、ジンワリと…。なんて切なくて、情熱的で、ロマンチックなんだぁ! ただただ何度も繰り返して、お二人の贈答歌を読んでしまうワタシでした♪